SNSで謝罪すると、なぜさらに叩かれるのか?炎上と集団心理を考える

謝罪文を書く人と、それぞれの窓から画面を見る人々。「謝罪しても、なぜ叩かれる?」 Society & Human Nature

謝罪文が出ました。ところが、タイムラインの怒りは収まるどころか、前より大きく見えます。「謝っても叩かれるなら、謝らない方が得なのでは」と感じる場面です。

ただ、この結論には飛躍があります。謝罪が問題を初めて知らせること、説明の不備が新たな批判を招くこと、批判する行動そのものが周囲の反応によって続くことは、それぞれ別の出来事だからです。

SNSでの謝罪は、傷つけた相手への言葉であると同時に、事情を知らなかった大勢にも届く公開情報です。この二つの役割が重なると、「謝ったのに、まだ増える」という現象が起こり得ます。謝罪を無意味だと決める前に、何が増え、誰との関係が変わったのかを見たいところです。

謝罪の相手と、謝罪を見る人は同じではありません

たとえば、小さな店が予約の案内を間違えたとします。来店できなかった人にとって大切なのは、事情の説明、費用や手間への対応、次に同じことが起きない仕組みでしょう。一方、投稿だけを見た人は、その店を利用するかどうかを考えているかもしれません。単に話題の経緯を知りたい人もいます。

一つの謝罪文を、違う立場の人が違う問いで読んでいます。当事者が「対応を受けた」と感じても、第三者の議論がその瞬間に終わるとは限りません。逆に、投稿への好意的な反応が増えても、当事者への対応が済んだことにはなりません。

向かい合う二人、荷物を確認する人、電車でスマートフォンを見る人
同じ謝罪を読んでも、立場によって確かめたいことは違います。

誰への責任を果たしたのかと、何人から好かれたのかを、同じ成績表に載せないことです。公開の謝罪には説明の役割がありますが、いいねの数で被害の回復を測ることはできません。

もちろん、第三者による批判にも意味があります。公表されていなかった問題を知らせたり、再発防止を求めたりする声まで「野次馬」と片づければ、必要な検証ができなくなります。問いたいのは批判者の性格より、その指摘が何を確かめ、何の改善につながるのかです。

謝罪で「問題を知る人」が増えることがあります

Jenkinsらの研究は、サービス上の失敗を知らなかった消費者に謝罪すると、満足や信頼などが下がる場合を、フィールド実験を含む五つの実験で検討しています。一方、謝罪は誠実さや温かさの評価を高める面もあり、すでに失敗を知っていた場合には有益になり得ました。[1]

これはサービス場面の研究で、日本のSNS炎上全般を直接検証したものではありません。それでも、「謝罪文を読んで初めて問題を知った」という経路を考える手がかりになります。

たとえば、問題を知る人が100人から1,000人に増えたらどうでしょう。仮に批判する割合が20%から10%に下がっても、人数は20人から100人に増えます。これは仕組みを考えるための計算例で、実際の炎上を測った数字ではありません。

見える投稿が増えたことと、一人ひとりの評価が悪化したことは、同じではないのです。現実には同じ人が何度も投稿する場合もあり、投稿件数をそのまま人数と読むこともできません。

「謝罪後に増えた批判」を、三つに分けて見る
起きていること確認したいこと必要な対応
問題を初めて知る人が増えました新しく知った人と、以前から見ていた人を混同していませんか事実と対応を一か所で確認できるようにします
謝罪の中身に新たな疑問が出ました責任の範囲、説明の矛盾、未対応の被害はありませんか疑問に答え、具体的な是正を進めます
同じ非難や攻撃が反復されています新しい情報がある批判か、人格攻撃の繰り返しかを分けます必要な説明を続けつつ、個別の応酬から距離を置きます

ここから「知られていなければ黙っておけばよい」と考えるのも違います。安全や損失に関わる情報なら、知らせること自体が必要です。短期的に反応が増えることを恐れて、必要な訂正や当事者への連絡を止めれば、解決すべき問題が残ります。

怒りは、正しさだけでなく周囲の反応からも学ばれます

Bradyらは、Twitterの7,331人・約1,270万件の投稿を用いた二つの観察研究と、計240人の二つの行動実験で、道徳的な怒りの表現を調べました。好意的な反応と、その後の怒りの表現との関係に加え、周囲でどのような表現が普通とされているかの影響を報告しています。[2]

注意したいのは、対象が怒りの表現であり、投稿者の心の中を直接測ったわけではないことです。「怒っている人は全員、承認欲求で演技している」という証拠にはなりません。謝罪への反応だけを扱った研究でもありません。

小さな吹き出し型の紙から大きな影が連なる静物
反応が増える仕組みを表したイメージです。投稿の多さと意見の広がりは区別して考えます。

それでも、自分の言葉が強くなる過程を考える材料にはなります。最初は問題点を指摘しただけでも、大きな反応が返ってくると、次も同じ調子で書きたくなることがあります。周囲が厳しい言葉を使っていれば、穏当な言い方では立場が伝わらないと感じるかもしれません。

ここに、謝罪する側だけでは止められない事情があります。投稿は謝罪した本人だけに向けられているとは限らず、仲間やフォロワーにも向けられているからです。本人が説明を加えても、投稿者同士のやり取りが別の場所で続くことがあります。

制裁を求める声には、何が足りないのでしょうか

「謝罪だけでは足りない」という意見には、少なくとも二通りあります。補償や訂正、再発防止がまだ必要だという指摘と、相手がもっと苦しむ姿を見たいという要求です。外から動機を断定するのは難しいですが、求められている内容は分けて読めます。

前者には、まだ答えられていない具体的な問いがあります。後者では、謝罪の角度や表情、服装に評価が移り、何が実現すれば要求が終わるのかが曖昧になりがちです。被害の回復から離れ、反省しているように見えるかどうかだけが主題になると、終わりの条件が見えなくなります。

Hornseyらは、泣く、ひざまずくといった表現を伴う公開の謝罪について、計3,818人の六つの研究を行いました。反省しているという評価などには改善が見られた一方、許しへの効果は、研究内の統合分析でもごく小さいものでした。[3]

謝罪の見え方と、相手を許すことは別の判断です。この結果を「もっと泣けばよい」という演出の手引きにするより、表情を整えるだけでは解決できない部分があると読む方が妥当でしょう。

「誤解させたなら」では、何を直すのかが伝わりません

批判が続く理由を、すべて集団心理に求めるのも危険です。謝罪の内容に、本当に問題が残っている場合があります。

小木曽健氏は『国民生活』の解説で、謝罪の理由を説明する重要性を指摘しています。何に対して反省しているのかが曖昧だと、受け手には問題を理解していないように映ります。これは実験結果ではなく、ネット上の対応についての実務的な論考です。[4]

たとえば、誤った開催日時を案内して人を待たせたのに、「お騒がせしました」とだけ書いたらどうでしょう。騒ぎになったことには触れていても、待たせたことや、案内を間違えたことへの対応が見えません。

「意図は違いました」という説明も、いつも不要なわけではありません。ただ、意図の説明だけで、実際に生じた影響が消えるわけではありません。意図、確認できた事実、引き受ける責任、これからの対応を混ぜずに書いた方が、読者は判断しやすくなります。

自分を守ろうとして説明がすり替わる過程は、認知的不協和と自己防衛でも考えています。相手を分析する前に、自分の説明を見直す視点として使えます。

謝罪する側は、反応の数より対応の進み具合を追います

店内で返却された品を確かめ、交換の準備をするスタッフ
言葉の後に、具体的な対応が続いているかを見ます。

優先したいのは、全員を納得させる一文を探すことより、必要な相手に必要な対応が届くことです。文章だけを何度も磨き、肝心の訂正や連絡が遅れては順番が逆になります。

  1. 確かめた事実を整理します。確認済みの点と、調査中の点を分けます。
  2. 影響を受けた相手への対応を進めます。公開投稿だけで連絡を済ませないようにします。
  3. 何を変えるかを具体化します。訂正、手続きの変更、対応窓口などを示します。
  4. 続報が必要なら時期や方法を伝えます。根拠なく完了を約束せず、進捗を更新します。
  5. 新しい指摘と反復的な攻撃を分けます。すべての返信に、その場で応酬する必要はありません。

先ほどの開催日時の誤案内なら、「日時を誤って掲載し、来場した方をお待たせしました。案内を訂正し、該当する方への連絡を進めています。今後は公開前に別の担当者が日時を確認します」といった形が考えられます。実際に実施していない対応まで書いてはいけません。

また、事実に反する指摘まで認める必要はありません。確認できる資料に沿って訂正し、分からないことは分からないと残します。関係者の個人情報を公開して自分の正しさを証明しようとすると、別の被害を生むおそれがあります。

脅迫や個人情報のさらしがある場合は、謝罪文の改善だけで抱え込まず、投稿の記録を残し、プラットフォームの通報窓口や専門の相談先につなげることも必要です。問題への責任を引き受けることと、無制限の攻撃に耐えることは別です。

見る側にも、投稿前にできることがあります

スマートフォンを伏せ、手元のノートを開く人
投稿する前に、確認できたことを整理する時間をつくります。

批判をやめるか、加わるかの二択ではありません。「元の発言を読む」「何が未対応なのかを尋ねる」「新しい事実が出るまで判断を保留する」という参加の仕方もあります。

KatsarosらのTwitter上の無作為化比較実験では、攻撃的な内容を投稿しようとする際に再考を促された群は、対照群より攻撃的な投稿が6%少なかったと報告されています。これは特定の介入の結果で、すべてのSNSや個人に同じ効果を約束するものではありません。[5]

それでも、「人間は怒ったら止まれない」と決めつける必要はなさそうです。送信までに一つ問いを挟む余地があります。この投稿は、事実を増やすのでしょうか。それとも、すでにある非難をもう一つ積むだけでしょうか。

送信ボタンを押す前の、三つの確認

氏名・連絡先などの個人情報は書かずに使ってください。入力内容を保存・送信する機能はありません。必要な内容は手元にコピーしてください。

引用して反論するつもりでも、その引用によって元の投稿を新たな人へ知らせる場合があります。問題のある内容を説明するために、被害を受けた人の名前や画像まで繰り返す必要があるかも、別に考えたいところです。

発言者の肩書きやフォロワーの多さで判断が決まってしまうときは、権威バイアスと信用の確かめ方も参考になります。誰が言ったかに加えて、どの資料で確かめられるかを見ます。

炎上を、個人の性格だけで終わらせないために

謝罪する人の誠実さも、批判する人の節度も大切です。ただ、それだけで話を終えると、大きな反応がついた言葉ほど目に入りやすい環境や、声の大きさと意見の広がりを取り違える問題が抜け落ちます。

山口真一『炎上で世論はつくられる――民主主義を揺るがすメカニズム』(筑摩書房、2026年)は、炎上から世論や政治への影響まで視野を広げたいときの一冊です。謝罪文のテンプレートを探す本というより、注目が集まる仕組みを考える読書に向いています。

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SNSの謝罪について、よくある疑問

Q
謝罪すると炎上するなら、謝らない方がよいのでしょうか?
A

そうとはいえません。問題を知る人が増えることと、必要な責任を果たすことは別です。確認できた誤りや影響に向き合い、訂正や当事者への対応を進めます。一方、事実でない指摘まで認める必要はありません。

Q
謝罪を受けても許せないのは、おかしいですか?
A

おかしくありません。謝罪を聞くこと、説明に納得すること、許すこと、関係を続けることは別の判断です。対応が足りない点があれば具体的に伝えられます。許せない気持ちがあっても、脅迫や個人情報の拡散をしてよいことにはなりません。

Q
謝罪文への批判には、すべて返信すべきですか?
A

一律に返信する必要はありません。新しい事実や未対応の問題には向き合いつつ、同じ説明は確認しやすい場所にまとめる方法があります。個別の応酬に時間を使い切って、必要な対応が止まらないようにします。

Q
謝罪後に批判の件数が増えたら、対応は失敗ですか?
A

件数だけでは判断できません。問題を知る人が増えたのか、謝罪の中身に新たな不備があるのか、同じ人が投稿を繰り返しているのかを分けて見ます。当事者への対応の進捗も、別に確かめる必要があります。

謝罪の先に、何が変わったかを見ます

謝罪には、過去の出来事を言葉にする役割があります。しかし、信頼を考えるときに必要なのは、その言葉だけではありません。訂正は届いたか。困った人への対応は進んだか。同じ問題が起きにくい仕組みに変わったか。そこには、投稿の勢いとは違う時間が流れています。

謝罪する側は、反応の大きさに振り回されながらも、その仕事を進める必要があります。見る側は、反省の演技を採点するだけでなく、何が改善されたのかを確かめられます。SNSの謝罪を少しまともなものにするのは、きれいな一文よりも、その後を見届ける姿勢かもしれません。

参考文献・出典

最終確認:2026年10月13日。実験の結果と、個別のSNS騒動への当てはめは区別して読む必要があります。

  1. Jenkins, M. R., Fombelle, P. W., & Steffel, M.(2026、オンライン公開2025)Are Apologies Always the Best Policy? Journal of Consumer Research, 53(1), 1–21. 公開抄録を参照。
  2. Brady, W. J., et al.(2021)How social learning amplifies moral outrage expression in online social networks. Science Advances, 7(33), eabe5641. DOI: 10.1126/sciadv.abe5641.
  3. Hornsey, M. J., et al.(2020、オンライン公開2019)Embodied remorse. Journal of Personality and Social Psychology, 119(2), 367–389. DOI: 10.1037/pspi0000208. 公開抄録を参照。
  4. 小木曽健(2026)「ネット炎上」『国民生活』2026年4月号、17–18頁。国民生活センター掲載の解説。
  5. Katsaros, M., Yang, K., & Fratamico, L.(2021公開、ICWSM 2022採択)Reconsidering Tweets: Intervening During Tweet Creation Decreases Offensive Content. 著者公開版の抄録を参照。
  6. 筑摩書房『炎上で世論はつくられる』書誌・目次
VIVA

Writer & Visual Artist based in Japan.

Former JGSDF member with professional experience in web writing and editorial direction.

Writing about relationships, communication, and human behavior, with a focus on research-informed perspectives, thoughtful analysis, and practical insights.

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