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「それくらいでモラハラと言うの?」「法律に違反していないなら、問題ないでしょう」。そんな言葉を向けられると、自分のつらさを認めてもらうために、まず相手の違法性を証明しなければならない気がしてきます。
けれど、交際を続ける条件を決めることと、裁判所に命令を出してもらうことは、別の判断です。法律上の要件を満たすか分からない段階でも、困っていることを相談してよいのです。「嫌だと思うこと」「支援が必要なこと」「特定の法的手段を使えること」を、一つの境界線に押し込めないことから始めましょう。
この記事は日本の制度を前提に、恋人・配偶者との関係を中心に扱います。制度情報は2026年10月に公的資料を確認しています。個別の行為が違法か、どの手続が使えるかは、関係性や経緯、証拠によって変わります。今すぐ危険がある場合は、記録の準備より安全な場所への移動と110番を優先してください。
「どこからハラスメント?」には三つの問いがある
自分が受け入れられるか
交際相手から毎晩の通話を求められたとします。二人とも望んでいるなら、親しさを楽しむ習慣かもしれません。一方、眠りたいと伝えると責められ、翌日の仕事に支障が出ても断れないなら、自分の生活を守るために取り決めを変えたいと思うのは自然です。
その段階で必要なのは、必ずしも法律用語ではありません。「平日は23時以降の通話をしない」「仕事中の返信は約束できない」といった、自分が引き受けられる範囲の確認です。相手の行為を犯罪と断定しなくても、自分の希望を持つことはできます。
ただし、断ると危険が増す関係では、上手に境界線を伝えることを課題にしないでください。言葉で交渉できること自体が、一つの安全条件です。自分の意思を伝える練習より、外部の人に状況を知ってもらうことが先になる場合があります。
支援や相談が必要か
「殴られていない」「録音がない」「まだ別れるか決めていない」。これらは、相談を控えなければならない理由にはなりません。今起きていることをどう整理するか、安全に連絡できる方法は何かを、一緒に考えてもらうことも相談です。
内閣府のDV相談プラスは、配偶者やパートナーからの暴力について、DVに当たるか分からない段階の相談も案内しています。電話は0120-279-889で24時間、チャットは12時から22時です。緊急時の110番とは役割が異なります。[1]
特定の法的手段の要件を満たすか
接近禁止命令、刑事事件としての対応、損害賠償などは、それぞれ目的も要件も違います。「モラハラ」という呼び名がつけば、同じ手続が自動的に使えるわけではありません。
逆に、一つの制度が使えないことから、「被害はなかった」「我慢するしかない」と結論づけることもできません。入口の違う制度を一枚の合否判定にしてしまうと、利用できる支援まで見失ってしまいます。
1|自分の境界線
問い:この関わり方を受け入れたいか。
確認すること:睡眠、仕事、交友、プライバシーなど、自分が守りたい生活。違法性の証明を待たず、自分の希望を持てます。
2|相談と支援
問い:いま、どんな助けが必要か。
確認すること:安全な連絡方法、今夜の居場所、相手との接触、生活の困りごと。証拠が完成していなくても、その状態から相談できます。
3|法律上の手段
問い:どの制度の要件を確認するか。
確認すること:関係性、具体的な言動、経緯、資料、今後の危険。特定の手続が使えるかは、専門家と個別に検討します。
三つは順番に合格する試験ではありません。危険がある場合は、記録や話し合いより安全確保を優先してください。
心理的な暴力と、保護命令の要件は同じではない
殴る・蹴る以外にも目を向ける
内閣府の説明では、DV防止法が扱う配偶者からの暴力には、身体への暴力だけでなく、それに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動も含まれます。精神的暴力や性的暴力も含まれる一方、保護命令については別の要件が設けられています。[2]
生活の中では、人格を繰り返し否定される、外出やお金の使い方を怖さで制限される、嫌だと言った後の報復を恐れて何も言えなくなる、といった困りごとがあります。ここで挙げたことだけで法律上の結論を出すのではなく、実際にどんな言動があり、自分の生活がどう変わったかを具体化します。
「傷ついた」という気持ちは、説明から消す必要がありません。ただ、他の人が状況を理解するには、その気持ちを生じさせた出来事も必要です。感情と事実を対立させるより、両方を別々の欄に置くほうが伝わりやすくなります。
モラハラの特徴を、診断名ではなく言葉・支配・生活の変化から整理する
2024年の改正で広がった範囲
2024年4月施行の改正では、接近禁止命令等について、自由・名誉・財産に対する脅迫や、精神への重大な危害も対象に加わりました。ただし、対象となる暴力・脅迫を受けたことに加え、更なる暴力・脅迫によって生命又は心身に重大な危害を受けるおそれが大きいことなどが問題になります。[2]
「精神的な被害も対象」という説明を、「つらいと言えば必ず接近禁止命令が出る」と読み替えないことが大切です。制度が広がったという事実と、個々の申立てで確認される条件は、両方を押さえる必要があります。
暴言があったことと、脅迫に当たること
東京地方裁判所のQ&Aは、暴言のすべてが保護命令の要件である脅迫に当たるわけではないと説明しています。また、精神への重大な危害を理由とする場合の診断書や、その症状と暴力・脅迫の関係についても説明があります。単語だけを切り出して判断せず、資料と経緯を含めた検討が必要です。[3]
これは、暴言による苦痛を小さく扱う説明ではありません。裁判所がある命令を出せる条件と、あなたがその関係で尊重されているかという問いが違う、ということです。
たとえば「嫌なら出ていけば」と言われた場面でも、その一言だけでは、住居の事情、直前の暴力、出口を塞がれたか、子どもがいたかなどが分かりません。自分で法律上の分類を決めるより、その場で起きたことを相談先に伝えるほうが役立ちます。

恋人・同居相手・配偶者で変わる制度の入口
「交際中」だけでは決まらない
DV防止法の説明では、法律上の配偶者だけでなく、事実婚や、生活の本拠を共にする交際相手についても扱われています。元配偶者や元同居交際相手についても、関係の解消前から続く暴力など、確認すべき事情があります。[2]
同じ「彼氏」「彼女」でも、週末だけ泊まりに来る関係と、生活の拠点を一緒にしている関係とでは、確認される事情が異なります。SNSのプロフィールや二人の呼び方だけで結論を出さず、どこでどのように暮らしていたかを説明できるようにします。
同居していない恋人からの被害でも、相談する意味がなくなるわけではありません。つきまとい、脅し、身体への暴力など、具体的な行為に応じて別の対応を検討することになります。「この制度に当てはまらないかもしれない」と、自分で入口を閉じないでください。
職場のパワハラの定義を、そのまま恋愛に持ち込まない
厚生労働省の職場のパワーハラスメントの説明は、優越的な関係、業務上必要かつ相当な範囲を超える言動、就業環境への害という三つの要素を挙げています。仕事の場を対象にした枠組みであり、恋人との私生活をそのまま判定するチェック表ではありません。[4]
相手が同じ職場の人なら、私生活と仕事の問題が重なることもあります。その場合も、「恋人だから会社には関係ない」「会社の上司だから全部パワハラ」と一括りにせず、勤務中の言動、業務上の不利益、私生活の接触を分けて相談すると整理しやすくなります。
証拠を集める前に、記録の目的を決める
相手を言い負かす資料にしない
記録は、相手から自白や謝罪を引き出すためだけのものではありません。相談先に経過を伝える、自分の記憶を補う、今後の安全を考える。目的をこのように置くと、挑発して決定的な発言を録ろうとしたり、危険な場所に戻ったりする必要がなくなります。
「証拠がないと誰も助けてくれない」と考えて、相談を先送りするのは避けてください。手元に何があり、何がないかも含めて相談できます。十分かどうかを一人で採点し続けるより、使う手続に合わせて必要な資料を確かめます。
出来事、影響、資料を分ける
法テラスのストーカー相談に関する案内は、着信履歴、録音、メールやSNSのメッセージ、診断書などを資料の例に挙げ、日記等も役立つ場合があるとしています。どの資料も、それだけで特定の結論を保証するものとしては扱われていません。[5]
次の書き方は、相談のために情報を整理する例です。裁判所の公式書式でも、証拠能力を保証する様式でもありません。書けるところから短く残せば十分で、空欄を推測で埋める必要はありません。
- 日時・場所:分かる範囲で記載。不確かな時刻は「20時ごろ」のように区別します。
- 言動:覚えている発言や行動。正確な言葉を覚えていない場合は、その旨を添えます。
- 前後の経緯:何の話をしていたか、その後に何が起きたか。
- 生活への影響:眠れなかった、予定を取りやめた、仕事を休んだなど。
- 残っている資料:メッセージ、着信履歴、写真、受診記録などの所在。
- 相談したこと:相談日、窓口、伝えた内容、次に確認すること。
例:「10月20日21時ごろ、自宅。友人と会う予定を伝えた後、相手が玄関の前に立ち、外出について話を続けるよう求めた。正確な発言は覚えていない。予定を取りやめた。翌日、友人に送ったメッセージが残っている。」この例から、違法性や相手の意図までは断定できません。それでも、第三者が質問できる具体性があります。
「支配された」「異常だった」という評価だけを残すと、何が起きたかが他の人には分かりにくくなります。評価を消す必要はありませんが、「そう感じた理由となる出来事」を隣に書いておくと、相談で話が進みやすくなります。
不正確なところを、正確そうに整えない
記録を後から見直して思い出したことは、追記した日と一緒に残します。当日に書いた内容と、後から補った内容を混ぜないためです。分からない部分をそのまま示すことは、記録の弱さを隠すより大切です。
メッセージを説明用に抜粋する場合も、可能なら元のやり取りを別に保ち、前後関係を確認できるようにします。これは見栄えのよい告発文を作る作業ではありません。自分に都合のよい文章へ書き換えず、相談する人が経過をたどれる状態を目指します。
保存することと、安全に保管すること
スクリーンショットだけで安心しない
政府広報のストーカー被害に関する案内は、日時・場所・状況のメモ、着信やメールの記録、SNSのスクリーンショットなどを残して相談時に持参することを勧めています。[6]
ただし、共有している端末やアカウントに保存すれば、相手が目にする可能性もあります。自動で共有される写真フォルダ、通知の表示、共有パソコンなど、自分の環境を考える必要があります。保存場所を変える操作自体が危険につながりそうなら、一人で試さず、安全な連絡手段について相談してください。
相手のアカウントに無断で入り込む、端末を取り上げる、位置を追跡するなどの方法は勧められません。自分が受け取った連絡や、自分の経験を整理することから始め、録音や撮影の方法、提出の可否に迷う場合は弁護士に確認します。
相談用の資料と、相手に渡る資料を区別
東京地方裁判所は、保護命令の申立書や提出資料が相手方に送付等されることを踏まえ、知られたくない避難先などが書類に記載されていないか確認するよう注意しています。相談用にまとめた資料を、そのまま提出してよいとは限りません。[7]
たとえば、何気なく添えた病院の領収書や郵便物にも、所在の手がかりが含まれることがあります。どこを隠せばよいかを自己判断で一律に処理するより、提出前に弁護士や裁判所の案内を確認してください。保存した原本と提出用の資料は、用途を分けて扱います。

相談で伝えたいのは「何罪か」より「何を止めたいか」
希望を一つに絞り込まなくてもよい
「別れるしかないですか」と聞きたくなるときでも、まず困っていることを小さく分けられます。今夜安全に過ごしたい。勤務先への連絡をやめてほしい。荷物を取りに行く方法を考えたい。子どもへの影響が心配。どれも相談の入口です。
すぐに関係を終えるか決められないことと、支援を必要としていないことは同じではありません。住まい、お金、仕事、家族の事情が絡むなら、決断を急がせる言葉より、選べる手段を増やす情報が必要です。
相談の最初には、「相手に知られず連絡したい」「折り返しの電話はこの時間だけにしてほしい」など、安全に関わる連絡条件も伝えます。自分が望む対応と、今は望まない対応を整理しておくと、行き違いを減らせます。
法律相談の費用を先に確かめる
法テラスのDV等被害者法律相談援助は、対象となる被害やそのおそれについて、弁護士に相談する制度です。利用自体は資力を問いませんが、無料かどうかは別です。所定の資産基準が300万円以下なら無料、超える場合は60分未満5,500円、60分以上11,000円と案内されています。資産は処分可能な現金・預貯金から対象被害に伴う所定の支出見込みを差し引いて判断されます。[8]
法律相談と、その後の交渉や裁判を弁護士に依頼することは、費用も手続も同じではありません。相談の予約時に、利用条件、相談料、継続して依頼する場合の費用を確認してください。電話やオンラインで相談できる場合もあります。[8]
「相談したら必ず依頼しなければならない」と考える必要はありません。今ある資料で何が分かるか、他にどの制度が考えられるか、次に何を確認するかを聞くことにも意味があります。

使い分けたい相談先
- 今すぐ危険がある:110番。長い記録をまとめる前に、現在地と起きていることを伝えます。[1]
- DVか分からない、暮らしや安全も相談したい:DV相談プラス。電話0120-279-889は24時間、チャット12〜22時。[1]
- 法律上の手段や条件を相談したい:法テラス犯罪被害者支援ダイヤル0120-079714。平日9〜21時、土曜9〜17時。日祝・年末年始は休業。対象制度や費用も確認します。[8]
- 保護命令を検討している:配偶者暴力相談支援センターや警察、弁護士へ。申立てに必要な事前相談等の手続を確認します。[3]
受付情報は2026年10月確認です。つながらない場合や利用できる時間が異なる場合には、各公式サイトで最新の案内を確認してください。
なお、東京地方裁判所の案内では、保護命令は2026年5月に始まった民事訴訟の全面電子化の対象外とされています。裁判の手続はオンラインで一律に完結する、と思い込まず、申立先の最新の書式と案内を確認してください。[7]
法律の答えを待つ間も、自分の希望は持ってよい
このテーマで見落としやすいのは、法律の知識が、自分を守る道具にも、自分を黙らせる理由にもなってしまうことです。「要件がある」と知って慎重になるのは大切です。しかし、それを「要件を満たすまで傷ついてはいけない」という命令に変える必要はありません。
法律は、ある手段を使うための条件を定めます。親密な関係で何を大切にしたいか、どう扱われたいかを、すべて代わりに決めるものではありません。関係の許容範囲を、法的救済の最低条件まで下げなくてよいのです。
安全に話せる相手なら、「その呼び方はやめてほしい」「私の連絡先を勝手に人へ渡さないでほしい」と、具体的な希望を伝える方法があります。怖さがあるなら、直接伝えることを目標にせず、外の支援につながる方法を考えます。同じ「境界線」でも、安全条件によって取る行動は変わります。
無視が続く場面では、冷却期間とサイレント・トリートメントの違いも確認する
自分の境界線を言葉にするための一冊
法律の手続とは別に、自分の希望と相手の期待を整理したいときは、バウンダリーを学ぶ本も選択肢になります。鴻巣麻里香『自他の境界線を育てる――「私」を守るバウンダリー』は、出版社の紹介と目次で、断りにくさや恋愛関係における境界線を扱っていることが確認できます。[9]
法的判断や緊急時の安全確保を本に任せるのではなく、「どこまで自分が引き受けるか」を考える補助として検討してください。目次や試し読みを見て、今の困りごとに合うか確かめられます。相談のために購入する必要はありません。

よくある質問
- Q一度の暴言でも相談してよいですか?
- A
はい。回数だけで相談の必要性は決まりません。何を言われ、どんな状況で、今どのような怖さや困りごとがあるかを伝えてください。一度で法律上の要件を満たすかどうかは、別途、具体的な事情に基づいて判断されます。
- Q証拠がないと法律相談はできませんか?
- A
手元に資料がないことも含めて相談してください。制度の利用条件は窓口で確認が必要ですが、証拠を完璧にそろえるために相談を遅らせたり、危険な場所に戻ったりする必要はありません。
- Q同居していない恋人のことも相談できますか?
- A
相談できます。ただし、DV防止法の保護命令などは関係性の要件があり、すべての交際関係に同じように適用されるわけではありません。具体的な言動と関係の経緯を伝え、利用できる対応を確認してください。
- Q録音があれば必ず保護命令が出ますか?
- A
録音の有無だけでは決まりません。関係性、対象となる行為、今後の危害のおそれなど、必要な要件を資料全体から検討します。録音を得るための挑発や、相手と二人きりで会う行動は避けてください。
証明の前に、生活を取り戻すための相談
「ハラスメントかどうか」を調べ続けるうちに、明日どう過ごすかが後回しになることがあります。名前を知ることは役に立ちますが、その名前を相手に認めさせることだけが解決ではありません。
自分が嫌だったこと、実際に起きたこと、今やめてほしいこと。それぞれを分けて言葉にすると、相談先と考えられることが増えます。記録はそのための支えです。自分の苦痛を採点し、相談する資格を審査するためのものではありません。
参考文献・一次資料
[1] DV相談プラス。受付時間・相談内容・緊急時の案内。原文を読む
[2] 内閣府男女共同参画局「配偶者暴力防止法に関するQ&A」。原文を読む
[3] 東京地方裁判所「配偶者暴力等に関する保護命令の申立てについてQ&A」。公式案内から参照。原文を読む
[4] 厚生労働省「あかるい職場応援団:パワーハラスメントとは」。原文を読む
[5] 法テラス「ストーカーについて警察に相談すると、どんなことをきかれますか」。原文を読む
[6] 政府広報オンライン「ストーカー行為は犯罪です!迷わず警察に相談を」。原文を読む
[7] 東京地方裁判所「保護命令(電子申立て不可)」。原文を読む
[8] 法テラス「DV等被害者法律相談援助」。原文を読む
[9] 筑摩書房『自他の境界線を育てる』内容紹介・目次。原文を読む
