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うどんの横に、七味唐辛子の小瓶がある。かけるかどうか、どれだけかけるかは、食べる人が決められます。
一方、赤いキムチを辛くせずに食べたいと思っても、「薬味をかけない」という方法は使えません。唐辛子が、すでに料理の中に入っているからです。[1][2]
同じ唐辛子なのに、食卓での位置が違う。この記事では日中韓の料理や調味料を手掛かりに、辛さの使い方の違いと、その違いが育つ条件を考えます。
鍵になるのは、生まれつきの国民性よりも、唐辛子が手に入るようになった条件、料理への取り入れ方、そしてその味が繰り返し食べられる仕組みです。
日本には辛味の文化がなかったわけではありません。また、中国や韓国の料理がすべて辛いわけでもありません。比べるべきなのは「どの国の舌が強いか」ではなく、同じ食材が、どのように違う「いつもの味」になったのかです。
「中国・韓国は辛い、日本は辛くない」を、少しだけ分解する
まず、「中国料理」という大きなくくりを、そのまま辛さの単位にすることはできません。
中国の唐辛子史を研究した歴史家ブライアン・ドットは、唐辛子の使い方には大きな地域差があり、辛い料理で知られる四川にも、唐辛子を使わない料理があると説明しています。地域外の四川料理店や観光客向けの料理には、「四川料理なら辛いはず」という期待が反映されることもあるそうです。[3]
つまり、私たちが出会いやすい「その国らしい料理」が、現地の食生活全体を代表しているとは限りません。
韓国にも、赤い粉唐辛子を使うものだけでなく、白いキムチが残っています。日本にも七味唐辛子をはじめ、唐辛子を使う調味料があります。[2][1]
したがって、ここで扱うのは「韓国人は全員辛いものが好き」「日本人は辛さに弱い」という話ではありません。料理や調味料の中で、唐辛子がどのような役割を持つようになったのかという比較です。
唐辛子が「伝わったこと」と「当たり前になったこと」は違う
唐辛子は、もともと東アジアの植物ではありません。アメリカ大陸に由来し、15世紀末以降の大陸間交流を通じて世界へ広がりました。日本への伝来についても、16世紀から17世紀初めにかけての複数の説があります。[4]
中国について、ドットが確認した最古の文献記録は1591年です。ただし、これは「1591年に初めて持ち込まれた」という意味ではありません。文献に登場する以前から存在していた可能性と、記録が確認できる年代は区別する必要があります。[3]
朝鮮半島でも、伝来してすぐに現在のようなキムチができたわけではありません。韓国農水産食品流通公社の解説では、18世紀の『増補山林経済』に唐辛子入りのキムチやコチュジャンの記述が確認され、伝来から普及までには時間がかかったとされています。[2]
ここには、食文化を考えるうえで重要な時間差があります。
種が届くこと、料理に使われること、その料理を人々がおいしいと感じることは、同じ出来事ではありません。
新しい食材が手に入っても、観賞用にとどまるかもしれない。
特別な日にだけ使うかもしれない。
少量の薬味になるかもしれないし、いつもの料理に欠かせない材料になるかもしれない。
伝来の経路だけを追っても、食卓での役割までは説明できません。問うべきなのは、届いた後に何が起きたかです。
中国の普及史では「自分で育てられる調味料」だったことが重要になる
唐辛子の特徴は、刺激が強いことだけではありません。継続して手に入れられることも、食文化への定着を考える手掛かりになります。
ドットは、中国での普及を考える要因として、唐辛子を自家栽培できたことを挙げています。熱帯からの輸入を要する香辛料とは異なり、唐辛子は温帯でも育ちます。初期の利用には、塩や黒胡椒など、より高価な調味材料の代わりに風味を加えるという側面があったと説明しています。[3]
ここでいう「塩の代わり」は、塩味や栄養上の役割まで同じという意味ではありません。限られた費用で食事に味の変化をつける、という調味上の話です。

ある味を気に入ったとしても、毎回高価な材料を買わなければ再現できないなら、日常食には組み込みにくいでしょう。反対に、自分の畑や庭で手に入るなら、何度も試し、別の材料と組み合わせる余地が生まれます。
この観点では、唐辛子は「強烈な刺激を求める人の食べ物」というより、繰り返し使える調味材料として、料理の選択肢を増やした食材と捉えられます。
ただし、自家栽培しやすいことは普及を可能にした条件の一つであり、それだけで中国各地の辛さの違いを説明できるわけではありません。
韓国では、唐辛子が発酵食品と家庭の味に組み込まれた
手に入るようになった食材は、どんな料理に入るかによって、食べる機会も変わります。韓国の例で注目したいのは、唐辛子がキムチやコチュジャンに組み込まれたことです。
辛さだけでなく、甘味や発酵の風味と一緒に受け継がれる
コチュジャンは、単に唐辛子をすりつぶしたものではありません。発酵させた大豆を使うメジュの粉、穀物、塩などを組み合わせる調味料であり、辛味と甘味が一つになっています。[5]
このような料理や調味料では、食べる人が接しているのは「辛さだけ」ではありません。複数の味や香りを含んだ、一まとまりのおいしさです。
辛い料理に慣れていない人が「どうしてわざわざ刺激を加えるのだろう」と感じても、食べ慣れた人にとっては、刺激だけを抜くことで別の料理に感じられるかもしれません。
唐辛子が、外から加わる障害ではなく、その料理らしさの一部になっている、と考えられるからです。
さらに、料理はレシピとしてだけでなく、共同作業としても受け継がれます。キムチをまとめて作り、分かち合う「キムジャン」について、無形文化遺産の情報基盤ichLinksは、材料の配分や保存の方法が家庭の経験を通じて伝承されてきたことを説明しています。[6]
この事実から注目できるのは、食材だけでなく、「どれくらい入れると、うちの味になるのか」という基準も継承されることです。
唐辛子が広まることと、その量をおいしいと感じる基準が広まること。その二つをつなぐ場所として、家庭の食事や調理の習慣を考えることができます。

「伝統的な辛さ」も、昔から同じだったわけではない
ただし、受け継がれる味は固定されているわけではありません。
2015年の調理書研究では、1930~2014年の書籍・新聞・雑誌から集めた白菜キムチのレシピ78件を比較し、時代とともに粉唐辛子の使用量が増加したことが報告されています。[7]
これは掲載レシピの比較であり、韓国の全家庭が同じ割合で辛くしたことを示す調査ではありません。また、唐辛子の量の変化を、そのまま国民の辛さへの耐性の変化に読み替えることもできません。
それでも、「今のキムチの辛さが、昔から変わらず存在した」とは考えにくくなります。
伝統には、新しい材料が加わる変化もあれば、すでにある材料の配分が変わる変化もあります。私たちが伝統の味だと思うものは、長い歴史の最初から完成していた味ではなく、変化を重ねた途中の味でもあるのです。
日本は唐辛子を拒んだのではなく、別の使い方を育てた
では、日本では何が起きたのでしょうか。まず修正したいのは、「唐辛子をあまり使わなかった」という一括りの理解です。
七味は、唐辛子を香りの組み合わせにする
七味唐辛子は、唐辛子に山椒やごま、青のりなどを組み合わせる調味料です。農林水産省の解説によれば、配合には地域や店ごとの差があり、京七味は辛みを控え、香りを生かす点に特徴があります。[1]
これは、唐辛子を消極的に受け入れた例とだけ見るべきではないでしょう。辛さを強める以外の使い方を発達させた、とも読めます。
唐辛子を食べる量だけではなく、何と混ぜるか、どの料理に添えるか、誰が量を調整するか。
食材の役割を決めるのは、こうした使い方です。
例えば、うどんに七味を添える食べ方なら、唐辛子を使わない一杯も、多めに使う一杯も、同じ食卓で成立します。辛さを料理全体にあらかじめ組み込む場合とは、食べる人の調整の余地が違います。
もちろん、これは「日本では必ず後がけ、韓国では必ず混ぜ込み」という分類ではありません。コチュジャンにも、ビビンバを食べる際に加える使い方があります。国の違いよりも、料理ごとの使い方を見るための比較です。[5]
「日本には出汁があったから、唐辛子が不要だった」では説明しきれない
日本を旨味の文化、韓国や中国を辛味の文化と分ける説明は、分かりやすく見えます。しかし、旨味と辛味は、どちらか一方しか選べないものではありません。
キムチの歴史には、唐辛子とともに魚介の塩辛を使い、旨味を加える発展もあります。辛い料理だから、旨味を重視していないわけではありません。[2]
日本側にも反例があります。新潟県妙高市に伝わる「かんずり」は、唐辛子に米糀、柚子、塩を合わせ、熟成・発酵させる調味料です。唐辛子と発酵が結びつく文化は、日本にもあります。[8]

したがって、「日本には旨味があったから辛味が発達せず、韓国には発酵食品があったから辛味が発達した」という説明では、両者の重なりを扱えません。
日本で注目すべきなのは、唐辛子の不在ではなく、既存の料理に添えたり、他の香りと組み合わせたりする形でも定着したことです。
ただ、その歴史だけから「なぜ日本全体で強い辛味が中心にならなかったか」を一つの原因に確定することはできません。
七味やかんずりは、日本人の好みを一括して説明する証拠ではなく、唐辛子の定着には複数の道があることを示す具体例です。
暑さ・寒さ・保存性だけで、食文化は説明できるのか
ここまでの違いを、もっと簡単に説明したくなるかもしれません。暑さ対策、寒さ対策、食べ物の保存。いずれも検討する価値のある仮説ですが、役に立ちそうだということと、その理由で文化が定着したということは別です。
暑い地域の辛い料理を「暑さのため」、寒い地域の辛い料理を「寒さのため」と説明するだけでは、辛い料理が目立たない地域との違いを予測できません。結果を見てから、合いそうな理由を付けている可能性が残ります。
「香辛料は食中毒対策だった」という説にも、支持と反証がある
保存性に関する説明には、学術的な背景もあります。1998年の研究では、36か国の肉料理レシピ4,578件などを分析し、暑い地域ほど香辛料の使用が多いという関連を報告しました。著者らは、香辛料の抗菌作用が食文化の形成に関わったという仮説を支持しています。[9]
一方、2021年に『Nature Human Behaviour』に掲載された研究は、70の料理文化に属する33,750件のレシピを分析し、香辛料の使用パターンは気温では説明できず、感染リスクの軽減という説明とも整合しないと報告しています。[10]
後者の研究は、日中韓の唐辛子文化だけを調べたものではありません。また、香辛料の抗菌作用そのものが存在しない、と結論づけたわけでもありません。
重要なのは、「ある成分に作用がある」「ある環境で役に立つ」「そのために人々が使うようになった」という三つの主張を、ひと続きにしないことです。
気候や保存の必要性は背景になり得ます。しかし、それだけで食材の選ばれ方、調味料への組み込まれ方、家族を通じた継承まで説明したことにはなりません。
辛さに慣れることと、辛さを好きになることも違う
料理が繰り返し食卓に出るようになった後には、食べる側の経験が関わってきます。ただし、ここでも「感じる強さ」と「好きかどうか」は分けて考える必要があります。
繰り返すことで、刺激の感じ方が変わることはある
唐辛子のカプサイシンは、熱や痛みの感覚に関わるTRPV1という受容体を刺激します。いわゆる辛さは、甘味や塩味と同じ種類の基本味というより、口の中の熱さやひりつきとして感じる化学的な刺激です。[11]
2024年の論文で報告された実験の一つでは、普段あまり唐辛子を摂取しない成人51人を対象に、カプサイシンを含む溶液などで口をすすぐ試験が行われました。約2週間の反復後、カプサイシンを使った群では、対照群には見られなかった刺激の評価の低下が確認されています。[11]
この結果は、経験によって辛さの感じ方が変わり得ることを示します。ただし、実験で測ったのは刺激の評価であり、参加者全員が辛い料理を好きになったという結果ではありません。国籍による違いを検証した研究でもありません。
辛党は、辛さを感じなくなった人とは限らない
心理学者ポール・ロジンらは、メキシコと米国で行った面接・観察・測定を通じて、唐辛子を好む人もその刺激を感じており、その刺激自体を好む場合があると報告しています。好みの形成については、食事の楽しさや社会的な経験との結びつきなど、複数の説明を検討しています。[12]
つまり、辛いものを好きになることは、「何も感じなくなること」と同じではありません。
「辛いけれど我慢できる」と「この辛さも含めておいしい」では、刺激に対する評価が違います。耐えられる量が増えることと、その料理をもう一度食べたいと思うことは、別の変化です。

そして、「食べ慣れたから好きになった」という説明にも限界があります。それは、すでに辛い料理が身近にある人の好みを考える助けにはなりますが、そもそもなぜその地域で辛い料理が食卓に入り込んだのかまでは説明しません。
唐辛子を使い始めた理由と、使い続ける理由は、必ずしも同じではないのです。
食文化は、好みの原因であり、結果でもある
以上を重ねると、日中韓の違いを「辛いものを好む民族と、好まない民族の違い」として説明する必要はなくなります。
ある食材を手に入れやすくなる。
既存の料理に取り込む方法が生まれる。
その料理が繰り返し作られ、食べられる。
その中で、刺激への慣れや、その味を好む経験が形成される。
これは一つの研究が証明した法則ではなく、本稿で見てきた歴史と研究をつないだ見方です。地域ごとに、どの要因がどれだけ強く働いたかは異なるはずです。
それでも、「好きだから食べる」だけでなく、「食べる機会と食べ方が受け継がれる中で、好きという基準も育つ」と考えると、食文化の見え方が変わります。
冒頭の七味とキムチも、唐辛子を使うか使わないかの対比ではありません。同じ食材が、食事の違う場所に組み込まれている例です。
次に日本料理、韓国料理、中国料理を食べるときは、国名だけで辛さを予想する代わりに、次の点を見ると違いを具体的に捉えられます。
| 見るところ | 分かること |
|---|---|
| 辛みは、作る段階で入るのか、食べるときに足すのか | 料理の味として組み込まれているのか、食べる人が調整できるのか。 |
| 唐辛子は、何と組み合わされているのか | 辛さだけでなく、甘味、香り、発酵の風味など、どんな組み合わせを楽しむ料理なのか。 |
| どの地域・家庭・店の料理なのか | 「その国の料理」というイメージと、目の前の一皿を分けて考えられる。 |
辛さが苦手なら、「韓国料理だから無理」と判断するより、唐辛子が最初から入っている料理なのか、別添えにできるのかを確かめる方が、選びやすくなります。
辛いものが好きな人も、量を増やすことだけでなく、何と組み合わせているかに注目すれば、別の楽しみ方が見つかるでしょう。
自分の「普通」が、周囲との関係の中でどう形づくられるか。この問いは、食べ物以外にも広がります。『コンビニ人間』から考える、他者に形づくられた自分と人生の選択では、社会的な役割と「自分らしさ」の関係を扱っています。
ここまで見てきた違いは、日本が唐辛子を拒み、韓国や中国が刺激を選んだという二分法では捉えきれません。
私たちの好みが食文化を作ってきただけではありません。どの食卓で、何を、どう食べてきたかが、私たちの「おいしい」も作ってきたのです。
唐辛子の広がりを、日中韓の外までたどってみるとどうでしょうか。
山本紀夫『トウガラシの世界史――辛くて熱い「食卓革命」』(中公新書)は、中南米から世界各地への伝播と食文化を扱う一冊です。中国・韓国・日本の章もあり、この記事で触れた違いを、より広い歴史の中で考える手掛かりになります。
参考文献・出典
- 農林水産省「京七味(きょうしちみ)」『にっぽん伝統食図鑑』、公開年記載なし(最終確認:2026年9月6日)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/menu/kyo_sitimi.html - 韓国農水産食品流通公社「キムチの歴史とキムジャン文化」、公開年記載なし(最終確認:2026年9月6日)
https://www.atcenter.or.jp/kimchihistory - Brian R. Dott(聞き手:Jeremy Cherfas)「How the chilli pepper conquered China」Eat This Podcast、2020年9月7日。歴史研究者へのインタビュー書き起こし(最終確認:2026年9月6日)
https://www.eatthispodcast.com/wp-content/uploads/2020/09/china-chilli-transcript.pdf - エスビー食品「唐辛子、唐辛子加工品」『日本の食文化とスパイス&ハーブ』、公開年記載なし(最終確認:2026年9月6日)
https://www.sbfoods.co.jp/sbsoken/washoku/togarashi.html - Tim Alper「The Origin」(コチュジャンについての解説)『KOREA』、2025年2月号(最終確認:2026年9月6日)
https://www.korean-culture.org/eng/webzine/202502/sub05.html - ICHCAP「Kimjang, making and sharing kimchi in the Republic of Korea」ichLinks、公開年記載なし(最終確認:2026年9月6日)
https://www.ichlinks.com/archive/elements/elementsV.do?elementsUid=13829896120629900171 - 서모란・정희선「조리서와 신문, 잡지기사에 나타난 1930-2010년대 배추김치 연대별 고추 사용량 변화에 대한 고찰」『한국식생활문화학회지』30(5)、576–586、2015年。大学リポジトリの書誌情報・抄録を確認(最終確認:2026年9月6日)
https://doi.org/10.7318/KJFC/2015.30.5.576
大学リポジトリ掲載の書誌情報・抄録 - 農林水産省「かんずり 新潟県」『うちの郷土料理』、公開年記載なし(最終確認:2026年9月6日)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/kanzuri_niigata.html - Billing, J., & Sherman, P. W.「Antimicrobial functions of spices: why some like it hot」The Quarterly Review of Biology, 73(1), 3–49, 1998年。抄録確認(最終確認:2026年9月6日)
https://doi.org/10.1086/420058
PubMed掲載の書誌情報・抄録 - Bromham, L., Skeels, A., Schneemann, H., Dinnage, R., & Hua, X.「There is little evidence that spicy food in hot countries is an adaptation to reducing infection risk」Nature Human Behaviour, 5, 878–891, 2021年。抄録確認(最終確認:2026年9月6日)
https://doi.org/10.1038/s41562-020-01039-8 - Nolden, A. A., Lenart, G., Spielman, A. I., & Hayes, J. E.「Inducible desensitization to capsaicin with repeated low-dose exposure in human volunteers」Physiology & Behavior, 275, 114447, 2024年(オンライン公開:2023年12月)。公開著者稿の本文を確認(最終確認:2026年9月6日)
https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2023.114447
PubMed Central掲載の公開著者稿 - Rozin, P., & Schiller, D.「The nature and acquisition of a preference for chili pepper by humans」Motivation and Emotion, 4, 77–101, 1980年。抄録確認(最終確認:2026年9月6日)
https://doi.org/10.1007/BF00995932
